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音楽ライターのポール・ウィリアムス(Paul Williams)死去
Paul Williams

U~T San Diego より

ブライアン・ウィルソンのコメント(facebookより)
「ポール・ウィリアムスは“SMILE”制作中に僕の家に来た少年だった。僕らはたくさん話して、新曲のアセテートを聴かせてあげた。彼が本当にそれを気に入ってくれたのが忘れられない。それから彼は“Crawdaddy”を創刊して、素晴らしい本をたくさん書いた。ポールが今週亡くなったことで、僕は彼の家族にお悔やみの言葉を述べたい。
Love and Mercy ブライアン」

ウィキペディア日本版より

ポール・ウィリアムズ (音楽評論家)

ポール・ウィリアムズ(Paul Williams, 1948年5月19日 - 2013年3月27日 )は、アメリカ合衆国のジャーナリスト、ライター。フォーク歌手の金延幸子は最初の妻。アンチ・フォークの歌手シンディ・リー・ベリーヒルは、三番目の結婚相手で現在の妻。
ボストン生まれ。まだ17歳だった1966年に、世界初のロック評論誌「クロウダディ!」を創刊。「ロック評論の父」と呼ばれる。
1972年に来日。細野晴臣プロデュースの「み空」でデビュー前のシンガー金延幸子と知り合い、結婚。二児をもうけるが、のち離婚。
また、SFファンでもあり、生前から親交があったSF作家フィリップ・K・ディックの著作権管理人だったこともある。「フィリップ・K・ディック協会」の機関紙の編集者や、ディック短編全集の編者などをつとめた。他にシオドア・スタージョン短編全集の編者も担当。
1995年の自転車事故で脳挫傷を受け、また、若年性認知症の発症で、長年フルタイムの介助が必要な状態であった。

【翻訳された著書】

『アウトロー・ブルース』室矢憲治訳 晶文社、 1972年
『ニューヨーク・ブルース』真崎義博訳 音楽之友社、 1975年
『ボブ・ディラン ひと粒の砂にさえも』三浦久訳 プレイガイドジャーナル社、 1981年11月
『フィリップ・K・ディックの世界 消える現実』小川隆、大場正明訳 ペヨトル工房、1991年6月
『ボブ・ディラン 瞬間(とき)の轍 <1> 1960-1973』菅野彰子訳 音楽之友社、 1992年3月
『ダス・エナーギ 精神のエネルギー経済学』Moko訳 春秋社、 1992年4月
『ボブ・ディラン 瞬間(とき)の轍 <2> 1974-1986』菅野彰子訳 音楽之友社、1993年4月
『ロックンロ-ル・ベスト100シングル』菅野彰子訳 音楽之友社、1995年4月
『ブライアン・ウィルスンそしてビーチ・ボーイズ』五十嵐正訳、ブルース・インターアクションズ 2000年8月

※後進に多大な影響を与えた偉大なロック・ライターが亡くなりました。安らかにお眠りください。
『ブライアン・ウィルスンそしてビーチ・ボーイズ』は自動翻訳丸出しの酷い翻訳だったので、是非翻訳をやり直してほしいものです。
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2013-03-31 (Sun) | 記事URL | Friends | COM(0) | TB(0) | 
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