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マイク・ラヴ、ブライアン・ウィルソンの「解雇」についての誤解を正す その1
from LA Times

Mike&Jackie
ビーチ・ボーイズのリード・シンガー、マイク・ラヴ、ブライアンを「解雇」したわけではないことと、2つのヴァージョンのBBのツアーの存在をバンドメイトが認識していたことを語る。

By Mike Love
October 5, 2012, 7:00 a.m.

BBの50周年記念のツアーは、ロンドンでの2公演、ロイヤル・アルバート・ホールとウェンブリー・アリーナで誇らしげに幕を閉じた。 僕らは最後の"Fun, Fun, Fun"の余韻に浸っている。
皆の喜ぶ顔を見て、僕はバンドメイトやファンをとても誇らしげに思う。僕らはただの博物館の催し物としてこのツアーを敢行したのではない。僕らは上手く歌って演奏して、多くの人々を感動させた。どんなバンドにも簡単にできることではない。歴史ある僕らだからできたことだ。

その後僕は興奮しつつ飛行機に乗り込んだ。そしてたくさんのバカバカしいゴシップを読んで傷ついた。僕は先週の人の信頼を失うようなひどい噂で、ファンの体験や、このツアーの高みに達した末節を汚したくはなかった。だから、僕は愛する家族についての最近の話題や、50年に渡る僕の音楽生活についての誤解を解いておこうと思った。

訂正させてほしい。僕はブライアン・ウィルソンをBBから解雇したのではない。僕がブライアンを解雇できるわけがない。僕はブライアンの雇用主ではない。僕にそんな権限はない。できるとしても、決してそんなことはしない。僕はブライアンを愛している。僕らはパートナーだ。彼は僕の生まれながらの従弟であり、音楽における僕の兄弟なんだ。
僕らは一緒に育った。僕らはおばのオードリーのピアノに合わせて、一緒にEverly Brothersの曲を歌った。僕らは一緒にフットボールをやった。僕らは一緒にバンドを組んだ。僕らはアメリカで広く歌われる曲を共作した。僕らの曲はアメリカのDNAの内にある。海岸、サーフィン、自動車、10代の自由といった僕らのイメージは、アメリカを世界で羨望の的とした。

ブライアンと僕の間の個人的な歴史について語るべきことは多い。家族会、誕生会、卒業旅行を共にしたし、もっと重要なことは、深く愛を分かち合って曲を共作したことなんだ。

ブライアンは、今後何百年も研究され、分析され、コピーされ、崇拝されるような曲を作り、アレンジし、ハーモニーを構築して歌ってきた。ブライアンと曲を作り、アル・ジャーディン、デニス・ウィルソン、カール・ウィルソン、デヴィッド・マークス、ブルース・ジョンストン、そして多くの素晴らしいミュージシャンと長年にわたって演奏したことは僕の財産だし、誇らしいことであり、守るべきことなんだ。

もし50年以上連れ添っている夫婦にきけば、彼らはその間に経験したことをすべて話してくれるだろう。BBも同じなんだ。僕らは誰もが経験できるものではないような、ロマンティックな成功の波を捉えた。それから僕らは皆、深い喜び、愛、失恋、裏切り、怒り、苦味、尊厳のぶつかり合いを経験し、最終的には解決に至った。

その結果、いくらかCapitol Recordsの勧めがあって、僕らは皆集まってデビュー50周年記念のツアーを行い、16年ぶりのアルバム"That’s Why God Made The Radio"を発表することができた。

ホーソンの居間で結成された、3人の兄弟と従兄と友人で始まったバンドは、今や大企業になった。デビュー50周年記念のツアーの計画は開始の何ヶ月も前に、弁護士、外交員、代理人、子供たち、妻たちによって細部が調整されて完成した。

このツアーが限定期間であることは最初から想定されていた。僕らは誰も50周年記念ツアーが10年続くとは考えていなかった。これは特別なものだ。事実、初期段階ではブライアンは2,3ヶ所の大都市で加わるだけの予定だった。それが最終的に50ヶ所、50公演になったんだ。

ブライアン、アルと僕はツアーの始まりと終わりを決めて合意していた。それから大評判になり、忠義なファンの助けとプロモーターの勧めで、25公演を追加することにした。時が進むにつれ、ブライアンとアルは50周年ツアーを75日間以上続けることを望むようになったんだ。

楽しいパーティのように、それが終わってほしいと望む人はいない。けれどもそれは不可能だ。僕は違う構成のバンド(マイク&ブルース)で、もっと小さい都市を周るツアーを組んでしまった。この13年間続けてきたバンドでだ。ブライアンとアルが、そのような小さい市場でのライヴに参加するとは思えない。これは以前から話し合って決めたことなんだ。

論理的にも経済的にも、そのような市場で、50周年ツアーが成立するとは思えない。これまでの50年間ファンを掴んできた方法論からしても、そのような小さい市場で僕らのライヴを体験することはきわめて不可能だ。ファンを維持するには、CDをたくさん売るだけじゃ駄目なんだ。ファンに僕らの音楽を直接届けることが必要だ。

最初、50周年ツアーとマイク&ブルースのツアーの間にはかなりの期間が空いていた。それが25公演追加されたおかげでぶつかってしまった。一般の混乱を避けるためとブライアン側からの要求があって、僕らは50周年ツアーとマイク&ブルースのツアーはメンバー構成が違うものだ、というプレスリリースを作って配布した。ブライアンとアルがこの声明に驚いている、と聞いて僕も驚いたよ。あるメディアがこれを、僕がブライアンとアルを解雇した、と解釈して報道したんだ。

50周年ツアー終了後、僕らはそれぞれの活動に戻るつもりでいた。ブライアンは新しいアルバムのための曲書きをしている。アルは自分のバンドでツアーする。彼らはいいバンドだ。僕の仕事は50年間変わらない。僕はBBのリード・シンガーであり、一世を風靡した音楽の代表者なんだ。僕が使命としていることは、地球の隅々までこの素晴らしいハーモニーを届けることであり、誰であろうとも、貧富の差にかかわらず、どこの出身の人であろうとも、共に幸せと"Good Vibrations"を分かち合うことなんだ。

このアプローチは僕らのバンドにとっては新しいことではない。ブライアンは最初1964年にツアーに出るのをやめた。それから出られるときには散発的にツアーに加わった。1965年、ブライアンはツアーをやめて、人類至上最高のアルバムの1つである"PET SOUNDS"の曲書きに没頭した。それからもう1つ誤解を解いておくと、僕は1966年の時点でも"PET SOUNDS"にとても誇りを持っていたし、今でもその気持ちはより増している。僕は"PET SOUNDS"で歌ったし、曲も書いてクレジットされた。僕は個人的にCapitol Recordsに出向いて、A&Rの連中に"PET SOUNDS"をプッシュするように言ったんだ。彼らにはそれが理解できなくて、もっと車や女の子についての曲を書くように言われたんだ。

(その2に続く)




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