Al Jardine - Don't Fight The Sea ft. The Beach Boys
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2012-10-28 (Sun) | 記事URL | Beach Boys | COM(0) | TB(0) | 
ブライアン、マイクに対抗「解雇されたような気分だ」
The Beach Boys at the Grammy Museum in Los Angeles. (Becky Sapp / Grammy Museum / September 18, 2012)
The Beach Boys at the Grammy Museum in Los Angeles. (Becky Sapp / Grammy Museum / September 18, 2012)

from LA Times

By Brian Wilson
October 9, 2012, 7:01 a.m.

◆THE BEACH BOYSの先の50周年記念ツアーは、オリジナル・メンバーであるブライアン・ウィルソン、マイク・ラヴ、アル・ジャーディン、デヴィッド・マークス、そして長年のメンバーであるブルース・ジョンストンが、約20年ぶりに一同に介して開催されたものです。
ツアー終盤のロンドンにおいて、そしてLAのグラミー・ミュージアムでの50周年記念の新たな展示物を披露する式典の前日(9月17日)、ラヴは自分とジョンストンが、BBの名義を用いて、ウィルソン、ジャーディン、マークスを除外してツアーを続けることを発表しました。
小さいマーケット向けに予め組んていたラヴ=ジョンストンのバンドとの混同を避けるための彼の声明が、あたかも彼の従弟であるウィルソンを解雇するかのように曲解されて伝わり、メディアを炎上させてしまったのです。
土曜日(10月5日)に本紙が独占的に掲載した、この件に関するラヴの返答によると、何よりもまず、彼は決してウィルソンを解雇したのではなく、そんな権限もない。そんな権限を持っていたとしても、決してグループのクリエイティヴなリーダーを解雇することはしない、と言っています。

ウィルソンとジャーディンは、ラヴの手記に対して、以下の通りに返答を寄せてきました。
ウィルソンの声明を紹介します。

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僕は従兄のマイクがLA Timesに寄せた手記に対して、先週の騒動についての真相と、BBの今後の不明瞭な点について返答するように勧められた。普通なら僕はこういうものに対して返答はしない。けれどもデビュー50周年がバンドのイメージや功績に影響してきたことを守るためにも、僕は返答しなければならないと思った。

まず、この数ヶ月間は僕の人生の中でも特に幸せだった。"That's Why God Made The Radio"を録音して夢が叶った。BBのために曲を作ってプロデュースして、それが世界中のファンにとても受け入れられたことは最高だったよ!!続くツアーは僕の予想をはるかに上回るものだった。僕らは衝撃を受けた。ファンはとても協力的だったし、僕はメンバーと一緒にレコーディングしたり歌ったりできて嬉しかった。ただ後悔することは、カールやデニスが一緒にこの体験を味わえなかったことだな。

今噂になっていることについてだけど、僕が知る限り、僕が解雇されるわけがない、というのはおかしいな。コメントをよく読んで、とても悲しい気分になった。よく分からない点は、マイクが僕、アル、デヴィッドと一緒にツアーしたがらないことなんだ。何だか解雇されたような気分だ。

アルと僕にとって不満な点は、僕らは今後も多くのツアー継続のオファーを受けてるんだ。受けたくないわけがないだろ? 僕らは皆アルバムに全身全霊を注いで、ファンは僕らにビルボード誌初登場3位という栄誉をもたらし、コンサートを完売にしてくれた。僕らは皆その反響に驚いている。
アルと僕はこれからも"That's Why God Made The Radio"のプロモーションに参加したいと思っている。レコードを作ってツアーして売上を促進することは、僕らが何十年と続けてきたことだ。それが僕のすべきことだ。Capitol Records は今年僕らのデビュー50周年イベントにとても力を入れてくれた。個人的に感謝したい。

マイクはツアー中ずっと言っていた。「全体は個々の集まりよりも大きなものになる」と。アルと僕も同じ思いだ。その思いが僕らにツアーを続けさせた。僕らはもともと50回のコンサートで始めた。けれどもそれが評判になって、オファーが増えて、僕らは受け入れたんだ。最初は誰も、このツアーがそんなに評判になって、ファンに受け入れられるなんて、分からなかったんだ。美味しい思いをしたから、みんなやる気になったんだ!!
この後でマイクがブルースとだけでコンサートのブッキングを入れたことは、当然ながらアルと僕にとっては落胆することだった。僕とアルとデヴィッドが一緒に写った50周年再集結の写真が、マイクのコンサートの宣伝に使われたので、コンサートが行われる地域には混乱が生じた。その時点で、僕の代理人はマイクの代理人に、これらの地域で起こっている混乱を正すためにも、プレス・リリースを出すべきなんじゃないか、と言ったんだ。その時点では誰も特に関心を示さなかった。いつでも話し合いができる用意があったし、何も起こらなかった。
だから僕はマイク側のプレス・リリースには全く盲点を突かれた。僕はそういうものが出されるなんて知らなかった。マイク個人のPRチームが、僕の承諾なしにやったことだからだ。僕の側の人間は、誰もそれを認めなかっただろうし、出させる機会も与えなかっただろう。
マイクが今になって、僕の代理人の要求でああいうことをしたと言っていることに落胆している。最初に僕がその情報を聞いたのは、(9月18日の)グラミー・ミュージアムでのイベントだった。僕らは50周年ツアーの今後のオファーについて、バンドとして何も話し合ってなかったんだ。
アルと僕は、皆が喜んでくれる限りは、僕らは再集結ツアーのオファーを受け続けるのは当然のことだと思っている。つまり、またハリウッド・ボウルとか、マディソン・スクエア・ガーデンや、リグリー・フィールド(シカゴにある球場)で演奏したくない奴なんているのかってことだよ。それに、今年末のコンサートは50周年記念バンドでやった方がいいだろ?それで事は解決する。
イギリスではもっとコンサートをやってほしいという要望があった。僕らを招聘不可能な地域からのオファーもあった。
先にも言った通り、僕の意見としては、今後の新作のリリースは、全員揃ったBBとして行うべきだと思うんだ。この大規模でのツアーをこんなに長く続けたことはなかったし、僕はもう1枚一緒にレコードを作りたいと考えている。
全員が揃ってこそBBは素晴らしい表現ができるというのが、アルと僕の意見だ。マイクが僕に関して手記で語ってくれた良いことは受け入れるし、僕はいつも彼を従兄弟とバンドメイトとして尊重するだろう。と同時に、僕にはなぜ彼がこの素晴らしいツアーを続けたがらないのかが分からない。アルと僕は、僕らの音楽への責務だと信じているから、このツアーを続けたいと思っている。

僕の言いたいことは以上だ。
まずは株主総会が必要だ。
そして僕はマイクからの電話を待っている。

どんな状況においても、この幸せな記念すべき年を僕は尊重する。
価値あるもののために僕らは戦わなければならないと思う。

Love and Mercy,

Brian Wilson

2012-10-10 (Wed) | 記事URL | Beach Boys | COM(0) | TB(0) | 
マイク・ラヴ、ブライアン・ウィルソンの「解雇」についての誤解を正す その2
その1より続く

MikeLove
写真入手元:Music Mix

"PET SOUNDS"以後40年以上、僕らは大から小までいろんな会場で演奏してきた。年間平均150公演は行ってきた。野球場や体育館、競技場から郡祭りまで、名だたる会場で僕らは演奏してきた。僕らはワシントンD.C.の大通りで、75万人もの観衆を前にコンサートを行った。一週間後にはテキサス州ビロクシの1500人規模の会場、 Beau Rivage Theaterで2夜公演を行う。会場の大きさや観客の多さにかかわらず、バンドの使命は同じだ。会場を日の出のような喜びに満ちた暖かい場所にすることだ。

"The Beach Boys"の名義は、オリジナル・メンバーで設立したBrother Records Inc.によってコントロールされている。その株主たちが10年前、僕にBBの名義を用いてツアーする独占的権利を認めてくれたんだ。そのことで僕は、僕らの遺産を維持し、尊重し、後世に受け継いていくことに大きな責任を感じてきた。良くも悪くも、僕は何よりもライブ パフォーマンスを通してBBの歴史に関わってきた。レコード売上が落ちて、世間の関心がカリフォルニアのサーフ・サウンズから遠ざかっていた時でも、僕らはそれらをプレイし続けた。

そして毎晩、僕は何であのステージに立ったんだろうと考えるんだ。それは僕の家族である男たちが集まってバンドを組んだからなんだ。50年間彼らと歌ってきていろんな重荷を抱えてきたけれども、僕は歌の間で息継ぎするたびに、この才能あるアーティストたちや、彼らの目覚しい貢献を心の中に思い浮かべるんだ。

記念すべき今年、僕は多くの魔法のような体験をした。毎晩、僕はアルが"Help Me, Rhonda"を60年代と変わらない素晴らしい声で歌うのに驚いたものだ。 カールやデニスと映像を通して一緒に歌えたのも嬉しかった。けれどもこの再集結で最も価値あることは、一緒にスタジオに入って、新作アルバムのプレイバックを聴いて、僕らの歌声が一緒に響くのを聴いた時だった。ブライアンが言った言葉が最高だった。「おお、全く1965年みたいなサウンドじゃないか!!」

歳をとって良いことは、人々に気兼ねなく自分の人生を語れることだ。ツアーの道中、ブライアンは、僕の初期の曲が、ブライアンに音楽的な深みを追求する自由を与えてくれた、というようなことを言ってくれた。彼の言葉は僕にとってとても意義深いものだったし、それで僕はそうやって得られた褒め言葉の1つ1つを思い出したんだ。

ロンドンでの最後のショーが終わりに近づき、ブライアンが新作の最後の曲"Summer′s Gone"を歌った時、僕は僕らのツアーについて振り返り始めたんだ。また一緒にやれるだろうか、もしくはこれで終わりなのだろうか?僕らが意見の相違を差し置いてツアーを実現させ、また同じステージに立てたことに、僕は誇りを持っている。

僕は耳を傾けた。

♪夏は終わった
夏は去ってしまった
旧友は去ってしまった
彼らはそれぞれの道を行った
僕らの夢は続く
まだ言い足りないことがある人たちのために

その曲の終わりに、僕は啓示を得た。

BBは創造した者たちよりも大きな存在になった。
全ての結成メンバーが死んでしまった後でも、
BBは夏のサウンドを楽しむ人の心の中に生き続けるだろう。
だから、夏は本当は終わっていないんだ。
そして、THE BEACH BOYSも終わらない。
2012-10-08 (Mon) | 記事URL | Beach Boys | COM(0) | TB(0) | 
マイク・ラヴ、ブライアン・ウィルソンの「解雇」についての誤解を正す その1
from LA Times

Mike&Jackie
ビーチ・ボーイズのリード・シンガー、マイク・ラヴ、ブライアンを「解雇」したわけではないことと、2つのヴァージョンのBBのツアーの存在をバンドメイトが認識していたことを語る。

By Mike Love
October 5, 2012, 7:00 a.m.

BBの50周年記念のツアーは、ロンドンでの2公演、ロイヤル・アルバート・ホールとウェンブリー・アリーナで誇らしげに幕を閉じた。 僕らは最後の"Fun, Fun, Fun"の余韻に浸っている。
皆の喜ぶ顔を見て、僕はバンドメイトやファンをとても誇らしげに思う。僕らはただの博物館の催し物としてこのツアーを敢行したのではない。僕らは上手く歌って演奏して、多くの人々を感動させた。どんなバンドにも簡単にできることではない。歴史ある僕らだからできたことだ。

その後僕は興奮しつつ飛行機に乗り込んだ。そしてたくさんのバカバカしいゴシップを読んで傷ついた。僕は先週の人の信頼を失うようなひどい噂で、ファンの体験や、このツアーの高みに達した末節を汚したくはなかった。だから、僕は愛する家族についての最近の話題や、50年に渡る僕の音楽生活についての誤解を解いておこうと思った。

訂正させてほしい。僕はブライアン・ウィルソンをBBから解雇したのではない。僕がブライアンを解雇できるわけがない。僕はブライアンの雇用主ではない。僕にそんな権限はない。できるとしても、決してそんなことはしない。僕はブライアンを愛している。僕らはパートナーだ。彼は僕の生まれながらの従弟であり、音楽における僕の兄弟なんだ。
僕らは一緒に育った。僕らはおばのオードリーのピアノに合わせて、一緒にEverly Brothersの曲を歌った。僕らは一緒にフットボールをやった。僕らは一緒にバンドを組んだ。僕らはアメリカで広く歌われる曲を共作した。僕らの曲はアメリカのDNAの内にある。海岸、サーフィン、自動車、10代の自由といった僕らのイメージは、アメリカを世界で羨望の的とした。

ブライアンと僕の間の個人的な歴史について語るべきことは多い。家族会、誕生会、卒業旅行を共にしたし、もっと重要なことは、深く愛を分かち合って曲を共作したことなんだ。

ブライアンは、今後何百年も研究され、分析され、コピーされ、崇拝されるような曲を作り、アレンジし、ハーモニーを構築して歌ってきた。ブライアンと曲を作り、アル・ジャーディン、デニス・ウィルソン、カール・ウィルソン、デヴィッド・マークス、ブルース・ジョンストン、そして多くの素晴らしいミュージシャンと長年にわたって演奏したことは僕の財産だし、誇らしいことであり、守るべきことなんだ。

もし50年以上連れ添っている夫婦にきけば、彼らはその間に経験したことをすべて話してくれるだろう。BBも同じなんだ。僕らは誰もが経験できるものではないような、ロマンティックな成功の波を捉えた。それから僕らは皆、深い喜び、愛、失恋、裏切り、怒り、苦味、尊厳のぶつかり合いを経験し、最終的には解決に至った。

その結果、いくらかCapitol Recordsの勧めがあって、僕らは皆集まってデビュー50周年記念のツアーを行い、16年ぶりのアルバム"That’s Why God Made The Radio"を発表することができた。

ホーソンの居間で結成された、3人の兄弟と従兄と友人で始まったバンドは、今や大企業になった。デビュー50周年記念のツアーの計画は開始の何ヶ月も前に、弁護士、外交員、代理人、子供たち、妻たちによって細部が調整されて完成した。

このツアーが限定期間であることは最初から想定されていた。僕らは誰も50周年記念ツアーが10年続くとは考えていなかった。これは特別なものだ。事実、初期段階ではブライアンは2,3ヶ所の大都市で加わるだけの予定だった。それが最終的に50ヶ所、50公演になったんだ。

ブライアン、アルと僕はツアーの始まりと終わりを決めて合意していた。それから大評判になり、忠義なファンの助けとプロモーターの勧めで、25公演を追加することにした。時が進むにつれ、ブライアンとアルは50周年ツアーを75日間以上続けることを望むようになったんだ。

楽しいパーティのように、それが終わってほしいと望む人はいない。けれどもそれは不可能だ。僕は違う構成のバンド(マイク&ブルース)で、もっと小さい都市を周るツアーを組んでしまった。この13年間続けてきたバンドでだ。ブライアンとアルが、そのような小さい市場でのライヴに参加するとは思えない。これは以前から話し合って決めたことなんだ。

論理的にも経済的にも、そのような市場で、50周年ツアーが成立するとは思えない。これまでの50年間ファンを掴んできた方法論からしても、そのような小さい市場で僕らのライヴを体験することはきわめて不可能だ。ファンを維持するには、CDをたくさん売るだけじゃ駄目なんだ。ファンに僕らの音楽を直接届けることが必要だ。

最初、50周年ツアーとマイク&ブルースのツアーの間にはかなりの期間が空いていた。それが25公演追加されたおかげでぶつかってしまった。一般の混乱を避けるためとブライアン側からの要求があって、僕らは50周年ツアーとマイク&ブルースのツアーはメンバー構成が違うものだ、というプレスリリースを作って配布した。ブライアンとアルがこの声明に驚いている、と聞いて僕も驚いたよ。あるメディアがこれを、僕がブライアンとアルを解雇した、と解釈して報道したんだ。

50周年ツアー終了後、僕らはそれぞれの活動に戻るつもりでいた。ブライアンは新しいアルバムのための曲書きをしている。アルは自分のバンドでツアーする。彼らはいいバンドだ。僕の仕事は50年間変わらない。僕はBBのリード・シンガーであり、一世を風靡した音楽の代表者なんだ。僕が使命としていることは、地球の隅々までこの素晴らしいハーモニーを届けることであり、誰であろうとも、貧富の差にかかわらず、どこの出身の人であろうとも、共に幸せと"Good Vibrations"を分かち合うことなんだ。

このアプローチは僕らのバンドにとっては新しいことではない。ブライアンは最初1964年にツアーに出るのをやめた。それから出られるときには散発的にツアーに加わった。1965年、ブライアンはツアーをやめて、人類至上最高のアルバムの1つである"PET SOUNDS"の曲書きに没頭した。それからもう1つ誤解を解いておくと、僕は1966年の時点でも"PET SOUNDS"にとても誇りを持っていたし、今でもその気持ちはより増している。僕は"PET SOUNDS"で歌ったし、曲も書いてクレジットされた。僕は個人的にCapitol Recordsに出向いて、A&Rの連中に"PET SOUNDS"をプッシュするように言ったんだ。彼らにはそれが理解できなくて、もっと車や女の子についての曲を書くように言われたんだ。

(その2に続く)




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