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FOO FIGHTERSのドラマー、デニスの未発表曲に詞をつける
Taylor Hawkins

FOO FIGHTERSのドラマー、テイラー・ホーキンス

元NIRVANAのドラマー、デイヴ・グロールが結成したバンドとして知られるFOO FIGHTERSのドラマー(グロールは現在ギターとヴォーカルを担当)、テイラー・ホーキンス(Taylor Hawkins)が、デニスの未発表曲"Holy Man"に、グレッグ・ジャコブソンと共作した詞をつけ、デニスが遺していたメロディに乗せて歌い、6月17日米国発売予定(延期になったので注意!!)の"PACIFIC OCEAN BLUE / BAMBU"デラックス・エディション CDにボーナス・トラックとして収録されることになった。
既報の通り、もともと録音されていたバッキング・トラックがディスク1に、ホーキンスのヴァージョンがディスク2に収録される。

情報源サイトによると、デニスは83年に亡くなる直前まで、恋愛関係にあったFLEETWOOD MACのクリスティン・マクヴィーと共作してレコーディングを続けており、またブライアンとも共作していた。そのうち、1982年にアルバム"MIRAGE"にて発表されたクリスティン単独作名義の"Only Over You"は、実際にはデニスとの共作と言われている。またブライアンとの共作は、"Night Blooming Jasmine"が,1988年のブライアンの1stソロ"BRIAN WILSON"にて、"Rio Grande"の一部として発表され、"City Blues"はスコット・ベネットが補作の上、2004年のアルバム"GETTIN' IN OVER MY HEAD"に収録されたが、どちらにもデニスのクレジットはない。

デニスの伝記の著者ジョン・ステビンスは語る。
「"BAMBU"セッションの末期には、デニスの人生は堕落してコントロールを失っていた。彼は兄弟と同じように自堕落な性格だったから、状況は悪くなる一方だった。1978~79年が彼の人生の分岐点だった。その時期にカールは立ち直れたけど、デニスは立ち直れなかったんだ。」

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2008-03-25 (Tue) | 記事URL | Dennis Wilson | COM(0) | TB(0) | 
BB BANDを追われたマイク・コワルスキとクリス・ファーマー、新バンドを結成
昨年9月に相次いでBEACH BOYS BANDを脱退した(させられた?)マイク・コワルスキとクリス・ファーマーが、新バンド"THE OC BEACH BAND"を結成した。バンド名のOCは、LAの南にある郡であるOrange Countyの略である。
他のメンバーは何と、BRIAN WILSON BANDのスコット・ベネットとプロビン・グレゴリー、SURF CITY BOYSのマイケル・キャンピオン(Michael Campion 現在ダンエレクトロ社のオーナー)とドン・マクナマラ(Don McNamara)。サウンド・エンジニアにはアルの所有するスタジオRED BARN専属で、近年のBBのエンジニアリングを担当しているジェフ・ピーターズ(Jeff Peters)が関わっている。
以下はTHE OC BEACH BANDのプロモーション・ヴィデオである。当分はPAPA DOO RUN RUNなどと同様な、BBのカヴァー・バンドとして活動していく模様。


2008-03-23 (Sun) | 記事URL | Tour Members | COM(0) | TB(0) | 
ジム・フジーリ著『ペット・サウンズ』感想
PetSounds1


ジム・フジーリ著、村上春樹訳の『ペット・サウンズ』(新潮クレストブックス 1680円)をようやく読了したので、感想を記す。

一口で言うと、本書はジム・フジーリ氏による、主観を大いに交えた私的な"PET SOUNDS"評本である。決してデータ本ではない。データ的なことやエピソード的なことも書かれてはいるが、それらは既存の本やCDのライナー・ノーツなどから引用してまとめられたものが多く、新たに発見された事実などは特に書かれていない。
また、フジーリ氏はBBのファンではあるものの、熱狂的なフリークではないように思える。BEACH BOYSの他のアルバムや楽曲はもちろん、"PET SOUNDS"収録曲の一部に対しても、批判的な意見を述べている。なので、BBの全楽曲を全肯定してしまうようなマニアが読むと、あとがきで訳者の村上氏が表明している通り、納得できないものを感じるだろう。
なので、決して"PET SOUNDS"を聴いてない人には読んでもらいたくない。聴いてから読んでほしい。もしくは聴きながらでもいい。余計な先入観を与えるといけないからだ。これは山下達郎氏が"PET SOUNDS"国内盤ライナー・ノーツの冒頭で述べていることと同じ趣旨である。聴いている人が読めば、この意見には同意できる、あの意見には同意できない、などと分別を持って接することができるが、聴いていない人が読むと、批判的な意見を鵜呑みにして、いざアルバムを実際に聴く段階で、批判されている曲を先入観で飛ばしてしまう恐れがあるからだ。
村上春樹氏の訳文は、単なる右から左への訳文ではなく、作家性が表れている。曲によっては既存の公式な邦題を使わず、独自の邦題をつけているところにその一端が表れている。そういった訳者の個性を打ち出す方向性は、事実の正確さを要求されるデータ本とは決して相容れない。けれども、著者の主観が色濃く表れた評本であれば、それほど問題にならない。という点で、数多のBB本の中から村上氏が本書を翻訳に選んだのも、賢明な判断と思える。
この本に限らず、海外のみならず日本でも、BBやブライアンの音楽を文章に記すのに、著者自身の青年期における人生体験を絡める方が多いように思う。BBを語ると同時に、自分をも語っているのだ。それだけブライアンの生み出してきた音楽や詞が、青年期において大いに共感できる内容なのだろう、と感じる。
結論として、"PET SOUNDS"というアルバムのデータやエピソードを知りたければ、本書以上に、CDのライナー・ノーツや、キングズレイ・アボット著、雨海弘美訳の『ペット・サウンズ・ストーリー』(ストレンジ・デイズ刊 2,381円[税別])の方を読めば良い。しかし本書の価値は、なぜ"PET SOUNDS"というアルバムが人々の心を打つのか、という情緒的な心情を、一愛好家の立場で具体的に述べている点にあるだろう。
ページ数は全187ページと決して多くないので、集中すれば1~2日で読めるだろう。そのうち、村上春樹氏の思い入れたっぷりのあとがきが14ページもあり、ここから先に読んでも満腹感がある。

新潮社のホームページに、2005年5月末、本書『ペット・サウンズ』の原著刊行直後のジム・フジーリ氏へのインタヴューが掲載されているので、是非お読みいただきたい。
2008-03-23 (Sun) | 記事URL | Beach Boys | COM(0) | TB(0) | 
アルとマイクの和解劇、日本のメディアでも伝えられる
 【ロサンゼルス21日 時事通信社】ロイター通信によると、米サーフミュージックの大御所バンド「ビーチ・ボーイズ」のオリジナルメンバー3人が21日までに、バンド名の使用権について和解した。長年の対立が解消され、3人が再集結したライブが実現する可能性も出てきた。

 ビーチ・ボーイズは1961年、ブライアン・ウィルソンさんら3兄弟(うち2人は既に死亡)とマイク・ラブさん、アル・ジャーディンさんで結成。西海岸の若者文化を軽快に歌った「サーフィンUSA」など大ヒット曲を連発した。

 しかし、作詞作曲を主に手掛けたウィルソンさんはその後ソロに。著作権問題からバンドは正式には解散されないまま、ラブさんらのビーチ・ボーイズに対し、ジャーディンさんらはビーチ・ボーイズ・ファミリー&フレンズで活動するなど、3人が反目し合った状態になっていた。

 ラブさんが提訴し、4月に公判が始まる予定だった。和解の内容は公表されていない。

*以上の記事は、私の地元の大手紙である「中日新聞」の3月22日付夕刊にも、ほぼ上掲のまま載っていました。その他ウェブ上のあらゆるニュースサイトでも、同様の内容の記事を見かけました。
ファンでない一般向けにはこのような文章になるのも、仕方ないところかもしれません。けれども、1998年の分裂以来、ブライアン、マイク、アルの対立の行方を見つめてきたファンの多くは、上の文章では納得しないでしょう。なので、私は英文の記事から読み直し、また私自身が取材してきた内容も交え、先の記事の通りまとめました。
改めて述べますが、ブライアンとアルはもう反目していません。それは、ブライアンのツアーにアルが参加し、アルのソロ・アルバムにブライアンが参加した、という事実から明らかです。ただ、アルとマイクの場合、法廷を挟んでこれだけ長い間対立をしてしまうと、たとえ法的に問題が解決したとはいえ、人間関係の修復は容易ではないと思います。また、マイク&ブルースのツアーは来年まで予定が入っています。再結成ライヴを計画した場合、どのマネジメントが請け負って、それぞれのバンドのどのメンバーを起用するか、などで揉め事が起こるでしょう。なので、ステージ上での再結成は、すぐには実現できないでしょう。
ただ、現在どのメンバーも、ソロでの安定したレコーディング契約がありません。レコーディングでは個別に録音ができるので、ステージと違って、メンバーがスタジオに一同に会する必要はないのです。なので、もしBBとしての活動を再開させるとなれば、レコーディング活動の方が先になるかも、と私は睨んでいます。
2008-03-23 (Sun) | 記事URL | Beach Boys | COM(0) | TB(0) | 
BBの名称使用権をめぐる訴訟、和解へ
BB1995

写真は1995年、TVドラマ"BAYWATCH"出演時のもの。

2003年より続いてきた、BEACH BOYSの名称使用権をめぐって、アルとマイクならびにブラザー・レコーズの間で争われてきた訴訟は、3月18・19日にロサンゼルス高等裁判所にて行われた調停にて、ようやく和解に達した。双方とも結果に満足しているという。和解に至った詳細は明らかにされていない。

この調停は、マイクがアルに対して、BBの名称の使用差し止めと、これまで裁判を起こすのにかかった費用約220万ドルを請求しようとしていた訴訟を取り下げさせるために、同裁判所のアレクサンダー・ウィリアムズ裁判官により行われたものである。
調停が成立しない場合、4月14日より裁判になるところだった。

18日、マイクが予定の時刻になっても現れなかったため、「予定時刻になっても出廷しないとはどういうことですか? 他にもっと大事な用事があるのでしょうか?」と、ウィリアムズ裁判官は怒り出したという。
間もなくマイクは現れ、2本の指をクロスさせて「つまりは(和解については)こういうことです」と、楽観的な態度を示した。
この調停には18日のみブライアンも出席しており、アルと"Help Me Rhonda"をアカペラで歌う一幕も見られた。ブライアンも出席したことにより、ステージ上での再結成の可能性が出てきたことを思わせた。
調停成立後、カール・ウィルソン基金の代理人、カーラ・A・ディマーレが語った。
「マイクとアルは、結成50周年に向けて、世界中にもっとBBの音楽を届けられることを楽しみにしています。」

BBのレコード会社であるブラザー・レコーズは、マイクだけでなくブライアン、アル、カールの遺族(デニスの遺族はカールの遺族に経営権を委任)が共同所有してきたが、1998年のBB分裂以後、BBの名義を用いてツアーできる権利を有しているのは、分裂前のBBのツアーリング・マネジメントを引き継いだマイク1人である。これは1998年5月のアルのライヴ活動からの脱退後、同年10月1日にブライアンとマイクの間で話し合われた取り決めであり、それまでマイク&ブルースも、オリジナル・メンバー2人以上が参加していなければBEACH BOYSを名乗れないという取り決めがあったため、AMERICA'S BANDと名乗っていた時期があった。またそれに従って、ブライアンは翌年以降のソロ・ライヴ活動の際、BBの名義を用いていない。
しかしアルはこれに反し、同年より"Al Jardine, Beach Boy" "Beach Boys Family & Friends""Al Jardine of the Beach Boys"といった名義を用いて仕事を取っており、マイクを怒らせる元となっていた。それで1999年以降、マイクはブライアンやブラザー・レコーズと共に、アルに対してBBの名称の使用差し止めを行ってきたが、アルがことごと控訴で対抗したため、マイクも別の名目で裁判を起こして応戦し、こう着状態となっていた。
そんな中、2001年2月21日、グラミー賞功労賞受賞のため、1998年の分裂以来、BBの現存する4人のメンバーが公の場で揃ったのだが、アルがブルースと少し話した以外は反目し合い、4人が同時に壇上に上がる場面はなかった。
しかし、リマスター・ベスト盤"SOUNDS OF SUMMER"がメガ・ヒットとなり、アルの訴えが最高裁に棄却された2003年あたりから、徐々に法廷外での和解への動きが見られるようになってきた。その動きは、2005年5月のホーソン・ランドマーク除幕式にブライアンとアルが出席し、そして2006年6月のキャピトル・タワー屋上での、”SOUNDS OF SUMMER”ダブル・プラチナム(出荷200万枚以上)獲得記念・”PET SOUNDS””Good Vibrations”40周年セレモニーにて、初期メンバーのデヴィッド・マークスを含めた5人が一同に会したことで、ある程度の結実を示した。同年には期間限定で、過去のライヴ音源に加えて、ブライアン、マイク、アルがソロ曲を1曲ずつ持ち寄ったアルバム"SONGS FROM HERE AND BACK"がホールマーク社から発売され、11月にはアルがブライアンのアメリカにおける"PET SOUNDS"ツアーに客演するという嬉しい出来事もあった。

rooftop1996


この和解劇の行方はまさしく「神さましか知らない」であろう。
2006年の再結成時、「これが最後になるだろう」などと悲観的なコメントをBEACH BOYS BRITAIN MESSAGE BOARD上で述べて、掲示板を大炎上させたブルースは、前回の件で懲りたのか、今回の和解については何もコメントしていない。ブライアンのコメントも、BrianWilson.com上では見られず、ファンがああだこうだと推測を戦わせている状態である。

*アルは今年中に、ブライアン、RED HOT CHIRI PEPPERSのフリー、スティーヴ・ミラーらが参加したソロ・アルバム"A POSTCARD FROM CALIFORNIA"を発表予定だが、それが無事に発売された後、BBとしての再結成作の制作が実現すると嬉しいところだが・・・


情報源
2008-03-23 (Sun) | 記事URL | Beach Boys | COM(0) | TB(0) | 
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